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東京高等裁判所 昭和53年(う)1742号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中二二〇日を原判決の本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人提出の控訴趣意書及び控訴趣意補充書並びに弁護人本橋光一郎提出の控訴趣意書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一被告人の控訴趣意(同補充を含む。以下同じ)中原裁判官が、原審国選弁護人を解任しないまま審理判決をしたことが憲法三七条、一三条及び刑訴法二八九条に違反するとの主張について。

記録を調査すると、被告人は原審の国選弁護人であつた弁護士濱田龍信が被告人の正当な利益を擁護していない等を理由に原審第七回公判期日以降再三に亘り同弁護人の解任を申立てたが、原審裁判所は右申立を容れず、右弁護人を解任することなく審理・判決したことは所論のとおりであるが、右弁護人の原審における弁護活動をしさいに検討しても、同弁護人が被告人の正当な利益を擁護すべき国選弁護人の職責を著しく怠つたとは認められず、したがつて被告人の右国選弁護人解任の申立が正当な理由に基づくものであつたとは認めることができない。

所論は、右弁護人が事件移送後の原審第九回公判期日において、公然と被告人の訴訟活動を批判し、原審裁判官に有罪の予断を抱かせるような発言をして被告人に不利益な言動をしたとしてその内容をるる主張している。しかし、所論が右弁護人の発言として挙げる内容は、所論によつても右弁護人の公判期日における訴訟行為の内容となる発言ではなく、訴訟進行上の意見に付随的に述べられたものであるとか、又は防禦方針に関し被告人との対内的なやりとりの中で述べられたに過ぎないものであるから、もとより公判調書の必要的記載事項ではなく、記録上右弁護人が所論主張のとおりの発言をしたと認めるに足りる証拠はない。もつとも、被告人が原審において提出した国選弁護人辞退申立書、同再理由書等の書面を併せて記録を検討すれば、右弁護人が所論主張の言葉どおりではないとしても、被告人に対し被告人の無実の主張を弁護人として必ずしも信用していないと思わせるような言動や被告人の訴訟活動を批判ないし抑制するような言動をしたことがあり、そのため被告人が右弁護人に対する不信感を抱くに至つたことは窺われないわけではないが、国選弁護人は私選弁護人のように被告人との信頼関係を地位存続の本質的要素とするものではなく、裁判所によつて選任され、法律専門家としての立場から被告人の正当な利益を擁護することにより刑事司法に協力するという公的性格を持つものであるから被告人が右弁護人の弁護を受けることを拒否し、右弁護人も被告人の意を体して辞任の意向を表明したからといつて直ちに右弁護人を解任しなければならないものではない。そして、本件記録に現われた原審の審理経過とくに被告人が藤沢簡易裁判所において窃盗の起訴事実をいつたん認めながら、訴因及び罰条を常習累犯窃盗に変更されるや、相当数の窃盗の事実を否認するに至つたこと、否認後の被告人の主張内容が具体性に乏しく明確でないこと、被告人が原審において無実の証拠として多数の証拠書類等を請求しているが、関連性に乏しいか又は不明確なものが多いこと及び被告人が証人に対し関連性のない尋問や重複尋問を執拗に行なつていること等の事実に照らせば、右弁護人の言動は法律専門家としての立場から無意味な訴訟活動を抑制しようとの目的に出たものとして是認することができ、また、そのため原審裁判官に不当な予断を抱かせたとも認められず、被告人の正当な利益を擁護すべき国選弁護人の職責になんら反するものとは考えられない。また、所論は被告人が依頼した公判調書の閲覧を右弁護人が行なわなかつたため公判調書の正確性に関する異議権の行使を妨げられたというけれども、被告人は原判決後みずから公判調書を閲覧し、刑訴法五一条による異議申立を行なつている。右に述べた点にその他所論が右弁護人に関し、国選弁護人としての職責を怠つた旨主張するところを併せて検討しても、未だ原審において右弁護人を解任すべき正当な理由があつたとは考えられない。したがつて、原審が右弁護人を解任しないまま審理判決したことは正当であり、所論の憲法及び刑訴法の各法条に違反しない。論旨は理由がない。〈以下、省略〉

(環直弥 斉藤昭 小泉祐康)

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